◎震災後の福島のサケの遡上は今?

東日本大震災から早7年、月日が経つのは早いものです。福島原発事故や津波等で被災した光景は、福島に関する報道がめっきり減ったこともあり、少しづつ記憶が薄れていく気がします。

 

自分が原発事故のことを考えて思い出すのは福島第一原発の近くにある浪江日立化成工業のこと。ずいぶんと昔の話ですが、サラリーマン時代に仕事で福島県浪江町の同社に工場見学に伺った際にとても丁寧な対応とおもてなしを受けたことを思い出します。

 

日立化成グループの同社はカーボンブラシというモータ部品を製造するメーカで、東日本大震災で被災し操業停止となったことで、JR東日本の鉄道車両向のカーボンブラシの供給が止まりました。電車の運航に混乱をきたす等で被災当時、全国的に報道されました。福島第一原発から北西9kmにある浪江日立化成は、空間線量が高くていまだ再開のメドが立っておらずとても残念に思います。

 

工場見学の終了後、福島第一原発に近い福島県楢葉町でサケの遡上を見学し、とても美しい川を力強くサケが上る姿に感動したことをよく覚えています。しかし今だに震災の影響を受けサケ漁やサケの遡上は激減している様でとても残念です。(木戸川漁業協同組合)

 

震災のサケの遡上のニュース(2014年当時の共同ニュース)   

 

 楢葉町は避難指示が解除され少しづつですが、帰還のより居住者が増えてきているようです。(楢葉町居住者数) また、浪江日立化成のある浪江町は平成29年3月31日にようやく避難指示解除準備区域の一部解除がされましたが、いまだ地元に帰還できずに全国に避難生活する方々が大勢います。

 

福島県の福島第一原発から北西方向に伸びる方向については強い放射能汚染が続いており、除染を何年も根気よく継続していく必要がありますし、まだまだ長い道のりとなりそうです。

           出典:福島放射能汚染マップ

浪江日立化成のGoogle mapの画像では木々が伐採されることもなく、工場が閉鎖されたままの画像が載っていました。震災前の浪江日立のホームページ画像と比較するとすっかり会社の木々も手入れされることもなく荒れてしまっていることがわかります。

 

帰還解除に合わせて、浪江日立化成のような会社がもう一度再開すれば、サケの遡上のように再び故郷に人が戻ってきて人と人とのつながり浪江町も再び回復することでしょう。